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5月22日、東京都多摩動物公園 (以下、多摩と表記)で飼育されているサバンナゾウ (Loxodonta africana) の砥夢(オス)の牙を抜く抜牙(ばつが)手術がおこなわれ、無事成功しました!
ゾウの抜牙手術は国内では例がほとんどなく、国内外の動物園関係者や獣医学の専門家、そしてアメリカの専門チームの協力で手術をおこなったそうです。
今回は以下の内容をご紹介します。
はじめに 砥夢について
2 ゾウの牙について
3 抜牙の理由
4 抜牙後のようす
はじめに 砥夢について
砥夢は、2009年3月15日に愛媛県立とべ動物園で生まれました。
母は現在も飼育中のリカ(1986~)、父は今は亡きアフ(1987~2016)。
リカとアフからは砥夢の姉の媛(2006~)と妹の砥愛(2013~)も生まれています。
左から、母のリカ、妹の砥愛、姉の媛。
リカと媛、そして飼育員さんたちの元ですくすく育った彼は、2012年11月27日に将来の繁殖を見据えて多摩に移動しました。(砥愛は彼が多摩へ移動してから誕生しています)
そこでは当時飼育されていたメスのチーキ (1976~2019)が養母となり、彼を育てました。
チーキは仲間との関わり方が上手く、多摩で繁殖したパオ(オス,1998~2007)やマオ(メス,2002~)の2個体のこどもとも過ごし、群れの一員として面倒を見てきた経験がありました。
群れでのルールや仲間との関わりなどを彼に教えてきたのだそうです。
2017年8月に訪問したときの砥夢。来園時よりも2まわりほど大きくなっていたそうですが、顔にはあどけなさが残っていました。
体はどんどん大きくなり、現在は体高3m、体重は4.4トンと立派に成長しました!
最近の砥夢(2024年5月26日撮影)。全体的に体が大きくなり、特に足がスラリと伸びています!
2.ゾウの牙について
ゾウの特徴的な部位のひとつ、牙。今回はその牙についても紹介します。
牙は門歯が伸びたものとされ、一生伸び続けるとされています。(1)
写真は広島市安佐動物公園で飼育されているタカ。
ただし、牙は使っていくうちに摩耗し、摩耗の具合は個体によってさまざまなため、牙の長さも違いがあります。
牙にはさまざまな役割がございます。
まず、牙をナイフのように使うことで樹皮などをこそぎ落として食べることにも使われます。(2)
写真は盛岡市動物公園ZOOMOのマオ。
動物園でも樹皮付きの丸太があると牙を使ってそぎ落とし、食べる行動が見られることも。
こちらは今は亡き東山動植物園のケニー。
エサを挟み、好物をキープしています。他の個体がいるときには鼻だけでなく牙にもエサを挟むことでより多くのエサを獲得できます。
牙を使って地中の根を掘ったり、岩塩のある洞窟では塩分補給のため、牙をピッケルのようにして使い岩塩を採掘して食べることにも役立っています。(3)
また、牙はライオン (Panthera leo) やトラ (Panthera tigris) などの外敵から身を守るため、同種同士の闘争には武器として使われます。(4)
写真は豊橋総合動植物公園のアジアゾウ(Elephas maximus) のダーナ(手前)とドローナ(奥)。ドローナが牙を使ってダーナを軽く突こうとしています。
繁殖相手を巡る激しい闘争では、牙で相手を刺すこともあり、相手に手傷を負わせるだけでなく仕留めてしまう場合もあります。(5)
さらに、鼻を牙の上に乗せて休めるような行動をすることも。
動物園でも野生でも時折鼻を牙の上に乗せて休めるような行動が見られるそうです。
以上のことから、ゾウの牙はさまざまな機能があることがおわかりいただけたかと思います。
牙は門歯が変化したもののため、牙の根元の「歯髄腔(しずいくう)」と呼ばれる部分には歯と同じ神経系や血管が通っています。(6)
何らかの衝撃で折れても再生することがありますが、根元から折ってしまった場合は、神経系や血管が露出してしまうため、そこから細菌感染を起こしてしまうリスクもあります。
次は、なぜ砥夢が抜牙手術を受けたかをご紹介します。
3 抜牙の理由
ここでは、砥夢が抜牙がおこなわれた理由と、ゾウ科の麻酔についてご紹介します。
2016年頃から牙を柵に押し当てて揺らすなどの行動が増加したそうです。そこで牙へのダメージを少なくするため、牙を押し当てやすい場所にタイヤなどクッション材を置いたり、牙にサポーターを巻いたりなどをしていたそうですが、2018年に左牙を折ってしまったため、内部の組織が露出してしまったそうです。(7)
牙再生を促すためと折ってしまった部分からの細菌感染を防ぐため、患部の消毒は欠かせない日課となりました。
柵越しに折れた左牙の部分を飼育員さんに見せ、消毒してもらっています。
しかし、左牙の内部組織が壊死し、空洞になってしまったそうです。
このままでは細菌感染のリスクが高まることから、その牙を抜く抜牙手術をおこなうことになりました。(8)
蹄や足裏のお手入れ、傷口の消毒、必要に応じた採血などのケアの多くは、
以前の記事でも紹介したようにトレーニングによっておこなうことが可能ですが、牙を抜く手術はそうはいかないため、麻酔下でおこなう必要があります。
採血のための練習として、PCウォールにて耳を出すトレーニングをする砥夢。
また、国内でのゾウ科の麻酔下での治療事例はありますが、ここ最近ではありませんでした。
そのため、麻酔のかけ方、麻酔でのリスク低減のためなど来るべき日に備えて様々な準備がおこなわれてきたそうです。 (9)
ゾウへの麻酔は、首や肩、臀部など、以下の○で囲んだ部分の筋肉が分厚く発達した部位を狙って麻酔銃や吹き矢で投与するのだそうです。(10)
皮膚の薄い腹部へは消化管や内臓に悪影響を与えてしまうことがあるので、避けるのだそうです。
今回の手術には、塩酸エトルフィンという麻酔薬が用いられました。
ごく少量で大型動物にも十分な麻酔効果を示すそうで、アフリカの現地ではこれを用いたゾウへの麻酔実績が多数あります。
国内ではゾウ科をはじめ、グレビーシマウマ (Equus grevyi) や、アフリカスイギュウ(Syncerus caffer) (11) など大型の草食獣に対して用いられています。
ただし、活性が強すぎるため、ヒトにとっては短時間で死に至る可能性があります。皮膚に薬液が付いただけでも危険です。そのため用いる際には以下の点等に留意されているそうです。(12)
・フェイスシールドや手袋、雨がっぱなどを着用し、十分に距離を取る
・万が一の際の解毒剤の用意
(国内では麻薬取締法によって麻薬扱いされており、無許可での所持・使用、またヒトへの悪用は固く禁止されています。専用の資格を得た方しか使用できません。麻酔銃の所持も銃刀法にも関係しており、登録した上での保管・使用がなされています。)
適切な麻酔をおこなうためには、麻酔をおこなう個体の体重などで量を決めるなどが必要とされています。性格によっても効き目の度合いが変わってくるのだとか。
そのため、個体の性格の把握や、体重測定など日々の飼育管理がとても重要なのだそうです。
また、ゾウに麻酔をおこなうときは、以下の点に留意する必要があるそうです。(13)
・麻酔で倒れたときの衝撃吸収用の土砂やワラの用意
・自重で血行障害にならぬよう、体位変換など
・麻酔によって心拍数が弱まることでの内臓への悪影響を防ぐための心拍数のモニタリングや点滴の投与
麻酔投与は、いつもトレーニングをする場所にて写真のように柵越しに横付けになってもった状態で、左後肢に吹き矢をしておこなったそうです。
そして牙はアンカーのような器具を牙に差し込み、ゆっくり引いて抜いたのだそうです。(14)
日常のトレーニングと、スムーズに治療がおこなわれるよう予てより準備と慣らしがおこなわれた結果、上手く麻酔をかけ、手術をおこなうことができたのかもしれません。
今回は国内外合わせて60名以上の方が治療に当たりました。詳しくはこちらから見られます。
個人的にもこの知らせを聞いたときはとても安心しました。
何より、彼の健康を願って多くの方の協力や努力があったのだと知ることができました。
最後に、最近の砥夢の様子を紹介します。
4.抜牙後のようす
抜牙に成功した後の5月26日と、7月12日に多摩を訪れました。そこで見た彼の姿の一部を紹介します。
こちらは2つある運動場の内、チーター舎やフラミンゴ舎に近い側の運動場。
5月26日に訪問した際は以前と変わりなく運動場を散策していました!
抜いた部分の牙を気にするようなそぶりがあるか心配しましたが、見たところではそのようなことは無く、運動場を歩き回りながらエサを探して食べていました。
彼の顔のどアップ。右の牙は短くとも健在。
気温が上がってきて泥浴びをしていた彼。彼の一足一挙には多くの来園者が驚きます。
この時にも手術成功してよかったと話す来園者も一定数いました。
施術をおこなったPCウォール前には、彼の足の付け根まで盛り上がった砂山が。
手術時にはこの場所に麻酔が効いたときの衝撃を和らげるため、砂が大量に敷かれていました。
終わった後に飼育員さんが整備し、巨大な砂山にしたのだそうです。
この時は見られませんでしたが、山を崩して遊ぶ姿が見られるかもしれませんね!
お次は7月12日に訪れたときのようすを。
当日は雨天でしたが、雨を全く気にすることなく運動場を散策していました。
好物のカシの葉を食べています。食欲も旺盛で抜いた部分の場所も経過は良好とのことです。
雨降る中でも活発に運動場を探索しています。雨降りの日と緑が相まってまるで雨季のサバンナのよう。
両日共に以前と変わりなく健康な彼の様子を見て、改めて今回の手術が上手くいって良かったと思いました。
彼らの寿命を考えれば、彼の年齢はまだまだ若いです。
これからも健康で元気に過ごして欲しいと思っております!
機会がございましたら、よく訪れている方も、まだの方も多摩で暮らす彼に是非会いに行ってみてください!
神山
引用文献
(1) カー・ウータン著(1997)ANIMAL PICTURES BOOK ゾウの本 講談社
(2) 田谷一善ら(2017)ゾウの知恵 陸上最大の動物の魅力にせまる SPP出版 28-29
(3) イアン・レッドモンド(1994)ビジュアル博物館 象 同朋舎出版
(4) 田谷一善(2017)ゾウの知恵 陸上最大の動物の魅力にせまる SPP出版 28-29
(5)アシュリー・ウォード著 夏目大訳(2024)ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」動物のひみつ 争い・裏切り・協力・反映の謎を追う ダイヤモンド社
(6)田谷一善(2017)ゾウの知恵 陸上最大の動物の魅力にせまる SPP出版 28-29
(7) もうすぐ10歳を迎える砥夢ー牙の治療を続けています https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=tama&link_num=25502 2024年7月24日訪問
(8)アフリカゾウの抜牙処置をおこないます https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=tama&link_num=28542 2024年7月24日訪問
(9) アフリカゾウの係留トレーニング https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=tama&link_num=28564 2024年7月24日訪問
(10) 田谷一善(2017)ゾウの知恵 陸上最大の動物の魅力にせまる SPP出版 140-141
(11) 坂本史弥(2018)アフリカスイギュウ飼育のこれまで・これから , すづくり第47巻 第4号 4-7 広島市安佐動物公園
(12)Paul A. Rees著 武田庄平, 鈴木馨,上野吉一,竹村勇司訳(2016)動物園のつくり方 入門 動物園学 249-250 農林統計出版
(13)田谷一善(2017)ゾウの知恵 陸上最大の動物の魅力にせまる SPP出版 140-141
(14)【詳報】アフリカゾウ「砥夢」(トム)の抜牙処置が無事に終わりました https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=&link_num=28593 2024年7月24日訪問
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