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さて、8月12日は、「世界ゾウの日」!
2012年にカナダの映画監督Patricia Sims氏と、タイのElephant Reintrodaction Foundationという保護団体が設立した、世界中でゾウの保全を呼びかけるため制定されたそうです。
各地の動物園などではこの日に合わせ、彼らについて知ってもらえるよう、さまざまな普及活動やイベントなどをおこなっています。
当ブログでは、今年はゾウの食をテーマに定めて数回にわたって紹介していきます。
ゾウ科にとって食べるために費やす時間は、1日の4分の3ほどを占めるとされています。(1)
今年はそんなゾウたちの野生や飼育下での食から、ゾウの食がもたらすものまで少し深掘りしていきたいと思っております。
1 動物にとって「食べる」とは
私たちヒトを含めた動物は、生きるために必要な栄養分の多くは自分の体の中で作り出すことはできません。そのため、植物や他の動物など、他の生物を食べることで栄養分を摂取する必要があります。
以下は他の動物を食べる動物たちです。
左から、オオアリクイ (Myrmecophaga tridactyla) 、ライオン (Panthera leo) 、パンサーカメレオン (Furcifer pardalis) 。
オオアリクイはアリやシロアリなどを専門的に食べ、ライオンは主にウシ科やウマ科などの中型~大型の哺乳類を、パンサーカメレオンは主にクモ類や昆虫類を食べて生きています。
異なる分類群だけでなく、よく似た分類群でも種によって食べ物はさまざま。
食べ物を食べるには、体つきや歯の形など形態的な特徴が必要とされています。
こちらはトラ (Panthera tigris) の頭蓋骨。歯にも様々な役割があると言われています。
左に見える大きな歯が犬歯。獲物を殺すために使われています。噛みついて犬歯を突き刺すことで獲物をとり押さえることができます。
右に見える歯が裂肉歯 (れつにくし) 。私たちにもある臼歯が変化したものです。
犬歯と比べると小さめですが鋭く、肉を切り裂くことに役立ちます。
これらのことから獲物を仕留め、肉を切り裂いて食べるのに適しているとされています。(2)
食べるために適したつくりをしているのは歯だけではありません。
こちらはルリコンゴウインコ (Ara ararauna) 。頭から尾羽までの長さが1mほどになる大型のインコです。
主食は硬い殻を持つ種子や果実です。
大きく先がとがったくちばしは、種子の硬い殻を器用にこじあけ、中身を器用に取り出して噛み砕いて食べることに適しているとされています。(3)
また、足の指も特徴的です。
4本の足指のうち、2本が前方を、2本が後方を向いていてしっかりと物や餌を掴みやすい構造になっています。この足指で餌を掴んで食べることもできます。(4)
これらのように、それぞれの種の食べ物に応じた体のつくりをしています。
そして、食べることは生きるために必要な栄養分を摂取するだけはなく、食べることを通じて動物にとって正常な行動を引き出すことにもつながります。
チンパンジー (Pan troglodytes) が枝を舐めているようにみえます。
横にあるのがアリ塚を模した給餌装置で、中にはハチミツやジュースが入っています。
野生では地域によってはアリ塚やアリの巣に枝を突っ込み、そこに付いたアリを食べる「アリ釣り」をすることが知られています。(5)
それに着想を得て造られた装置です。
野生では彼らは様々な工夫を編み出して餌を取って食べているとされています。
ジュースやハチミツを飲むのにも、枝の先端を噛みつぶして加工し染みこみやすくしたりするなど、餌を食べるための様々な工夫をひきだすことができます!!
これらのことから、動物にとって「食べる」とは、
・生きるために必要な栄養分を摂取する
・その種にとって正常な行動を引き出す
といったことがおわかりいただけたかと思います。
2 植物を食べるメンバーも多種多様
ゾウ科は全て植物を食べる種です。植物を食べる種といえど多種多様なのがいます。
たとえば、植物を食べる動物でも草本植物などを主に食べる種は「グレイザー」とよばれています。(6)
サバンナシマウマ (Equus quagga) とカバ (Hippopotamus amphibius) は代表的なグレイザーです。
他にはウシ (Bos taurus) やエランド (Taurotragus oryx) も代表的な種です。
グレイザーはイネ科などの草本植物を主に食べる種で、後述するブラウザーと比べると大型の種が多いのが特徴。餌が大量に得られるような場所に生息している種が多いです。
植物でも草木の新芽や枝葉などを主な食べ物とする種は「ブラウザー」と呼ばれています。(7)
キリン (Giraffa camelopardalis) とニホンカモシカ (Capricornis crispus) は代表的なブラウザーです。
他にはクロサイ (Diceros bicornis) やマレーバク (Tapirus indicus) もブラウザーです。
ブラウザーは草木の新芽や、枝葉などタンパク質など栄養成分が高い部位を選んで食べることが特徴的です。
ブラウザーであっても、必要に応じて草本植物を食べることもあります。
そしてゾウ科は草本植物から木の葉、新芽や樹皮、果実だけでなく、他の動物にとって硬くて食べられない太い枝も食べます。
鼻を使っての高いところの葉を食べたりや、力で樹木を薙ぎ倒して食べるなど他の植物を食べる種にはなかなかできないこともします。
植物を食べる種はいえど、様々な多様性があります。
3 植物を食べるのに適した構造
ここでは、ゾウを含めた動物たちが植物を食べ、消化できる様々な特徴を紹介します。
植物の葉は、彼らにとっては光合成をおこなう器官でとても大切な物です。
そのため、動物たちから食べられにくくするために様々な対応を取っています。
葉の周りに鋭い棘を生やして物理的に防御する種もいれば (8)、葉に苦み成分のひとつのタンニン酸や猛毒のシアン化物など化学的な防御をとる種もいます。(9)
しかし、植物を食べる動物たちはそれらに対応し、さまざまな突破口をもっています!
まずは物理的防御に対しての突破口です。キリンを例に紹介します。
野生ではマメ科の樹木のアカシアの葉をよく食べるといわれています。アカシアは葉の周りに鋭い棘が生えています。
そこで長さ50cmほどもある舌を使い、葉を選んで食べます。
多量に分泌する唾液によって、多少の棘なら気にすることなく食べられるのだそうです。(10)
ゾウたちも鼻先で器用に葉をつまんだり、後述する頑丈な臼歯の力で多少の棘でも噛み砕いて食べてしまいます。
次は化学的防御に対する突破口です。コアラ(Phascolarctos cinereus) を例に紹介します。
彼らはユーカリを主な食べ物としていますが、ユーカリには有毒のシアン化合物が含まれています。
彼らはコドモのうちに母親の便を食べることで、シアン化合物を解毒する細菌を得るとされるということが古くからわかっていました。(11)
近年では、解毒に関わる酵素を遺伝子レベルでもっていることや、食べ物の毒を苦みとして舌で感じる苦味受容体という遺伝子を他の有袋類に比べて多く持っていることがわかってきました。
それらの能力があることで、ユーカリを識別して食べることに役立っているとされています。(12)
こうして動物たちは植物を口にしますが、それらを摂取して食べやすいようさまざまな口や歯の形があります。
アフリカに棲むサイを例に口の形を見てみましょう。
左がシロサイ (Ceratotherium simum)、右がクロサイです。
シロサイの主食は地面に生える草本植物。口の形が平たいのが特徴で、地面に生える草を食べやすい形になっています。(13)
クロサイの主食は低木や樹木の枝葉。口の形は唇の先がとがっているのが特徴で、葉をたぐり寄せて食べやすいようになっています。
次は歯の形を見てみましょう!
マルミミゾウ(Loxodonta cyclotis) の歯です。ゾウは上顎と下顎に大きな小判型の臼歯が2つずつ、合計4つの臼歯があります。(14)
この大きな臼歯で大きく太い枝もたやすく噛み砕き、硬い草の繊維もすりつぶすことができます。
他の植物を食べる種でも植物をかみちぎる門歯や、かみちぎった植物をすりつぶす臼歯が発達しています。
上の写真の下の方に見えるのは、生え替わり始めている臼歯。ゾウは一生に6回も歯が生え替わり、新しい歯が古い歯を少しずつコンベアーのように押し出して生え替わるため、最後の歯以外は常に歯がある状態だと言われています。(15)
最後に、口にしてすりつぶした植物をどのように消化するのか見ていきます!
植物にはセルロースやヘミセルロースといった食物繊維が多く含まれていますが、元々動物たちにとって消化することができない物質です。
そのため、植物を食べる種は消化器官に繊維質を分解する酵素を持つ微生物を飼育し、微生物が繊維質を分解してできた養分を栄養分として摂取しています!(16)
どこで微生物による分解が起こるのかは、「後腸発酵(こうちょうはっこう)」と、「前胃発酵(ぜんいはっこう)」の2パターンにわかれています。(17)
図は村田浩一・楠田哲士監訳 (2011) 動物園学 文永堂出版より抜粋
後腸発酵は、私たちヒトと同じく一つの胃をもちます。
食べ物が胃や小腸を通過した後に、盲腸と大腸に到達し、そこに棲む微生物によって繊維質が分解されます。
ゾウ科は全種こちらに属しています。
他にはウマやサイ、バクなどの奇蹄目、ウサギ、コアラ、哺乳類ではありませんがリクガメも該当しています。
胃が一つしか無く、後述する前胃発酵がないため、消化効率は低く消化器官を食べ物が通過するスピードは速いのが特徴です。
裏を返せば、繊維質が多くタンパク質などの栄養分が低い植物などでも大量に食べて補うことができます。
前胃発酵は、胃が複雑に分かれており、そこに微生物を飼育する部位があります。
食べ物が一度胃に入ると、胃内の微生物を飼育する場所に行きそこで微生物と混ざり合います。
さらにそこから口に戻り、一旦微生物と混ざった食べ物をかみ直す反芻をする種もいます。
反芻をするキリン。ウシ科やシカ科、ラクダ科など偶蹄類もしますが、ボルネオ島の熱帯林に棲むテングザル(Nasalis larvatus) も反芻をすることがわかってきました。(18)
微生物が繊維質を分解することで、酪酸や酪酸といった物質(揮発性脂肪酸)が生成されます。それが胃壁から吸収されて体の組織に送られエネルギーとして利用されています。
(19)
さらに、最後には微生物と混ざった食べ物を胃酸や消化酵素で消化することで、食べ物由来だけでなく、微生物由来の栄養素も摂取することができるといわれています。
胃が複雑に分かれており、消化には時間がかかる分、後腸発酵をする動物よりもより効率的に繊維質を分解できるといわれています。
以上のことから、ゾウを始めとする植物を食べる種は、適した体のつくりをしています!
今回ははじめにということで、動物にとって食べることとは?について紹介いたしました。
次は野生でのゾウの食べ物にスポットを当てていきます!
引用文献
(1) Don E. Wilson, Russel A. Mittermeier (2011) Handbook of the mammals of the world vol2. Hoofed Mammals : Lynx Edicions
(2) 吉田賢治監修(2014)学べる!頭骨図鑑 双葉社
(3) Luescher A (2006) Manual of parrot behavior BlackWell Publishing
(4) Josep del Hoyo, Andrew Elliott et.al (1997) Handbook of the birds of the world vol4. Sandgrouse to Cuckoos :Lynx Edicions
(5) Don E. Wilson, Russel A. Mittermeier (2013) Handbook of the mammals of the world vol3. Primates : Lynx Edicions
(6) 三浦慎吾ら (1992) 哺乳類Ⅱ 8 バイソン・カモシカ・ヌーほか 週刊朝日百科 動物たちの地球 56号 朝日新聞社
(7) 三浦慎吾ら (1992) 哺乳類Ⅱ 8 バイソン・カモシカ・ヌーほか 週刊朝日百科 動物たちの地球 56号 朝日新聞社
(8) 日本生態学会編 (2012) 生態学入門(第2版) 東京化学同人
(9) Geoff Hoseyら著 村田浩一・楠田哲士監訳(2011)動物園学 文永堂出版
(10) Don E. Wilson, Russel A. Mittermeier (2011) Handbook of the mammals of the world vol2. Hoofed Mammals : Lynx Edicions
(11) Don E. Wilson, Russel A. Mittermeier (2011) Handbook of the mammals of the world vol5. Monotremes and Marsupials : Lynx Edicions
(12) Rebecca N. Johnson et.al (2018) Adaptation and conservation insights from the koala genome. Nature Genetics, 50 (8) , 1102-1111
(13) Don E. Wilson, Russel A. Mittermeier (2011) Handbook of the mammals of the world vol2. Hoofed Mammals : Lynx Edicions
(14) 田谷一善ら(2017)ゾウの知恵 陸上最大の動物の魅力にせまる SPP出版 140-141
(15) カー・ウータン著(1997)ANIMAL PICTURES BOOK ゾウの本 講談社
(16) Paul A. Rees著 武田庄平, 鈴木馨,上野吉一,竹村勇司訳(2016)動物園のつくり方 入門 動物園学 農林統計出版
(17) Geoff Hoseyら著 村田浩一・楠田哲士監訳(2011)動物園学 文永堂出版
(18) Ikki Matsuda et.al (2015) Excretion patterns of solute and different-sized particle passage markers in foregut-fermenting proboscis monkey (Nasalis larvatus) do not indicate an adaptation for rumination: Physiology & Behavior vol149, 1 45-52 ELSEVIER
(19) 広岡博之編 (2013) シリーズ 家畜の科学 1 ウシの科学 朝倉書店
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